selectively_slow

アラフォー 毒親育ち ネグレクト アダルトチルドレン HSP 自己肯定感  あえてゆっくり自分のために自分と向き合うために 

私の父は自己中心的で

お湯を出して食器を洗ってると

めちゃめちゃ怒ってました

給湯ランプがついてるのに気づくと

大声を出してキレていました



そのせいで母は手荒れしてつらそうでした

手伝いを求められることもなく

手伝いを申し出ても断られるので

家事は母の仕事でしたが



この情景は私に結婚育児への

ネガティブな印象を

与えたのは間違いありません


父は三人兄弟の3番目

弟も三人兄弟の3番目



父にとっては初めての男の子で
当時子供だった私でも
明らかに喜んでいる父を見て
少し白けていた

一人息子には自分の名前を
一部入れた名前で
思い入れはひとしおという感じ

周りから見ても兄弟差別は
なかなかだったみたい

父は弟にこうだろう!ああだろう!
自分本位に絡んで
弟の意見などはお構いなし

母もまた弟の欲しがるものは
なんでも与えて
猫可愛がり、肥満気味になる

父は弟を甘やかして
弟が不登校になっても
好きなだけ休ませていた

人に向き合うのが苦手な父だから
学校に行きたがらないという
繊細なシチュエーションに
対応できなかったんだろうと今は思う

母も対人関係苦手だから
学校ともうまくやりとりできなかったのか?
学校自体がおかしかった可能性もあるが

とにかく弟は可愛がられてたようには
見えたけど、ペットのような可愛がり方で
生物として可愛い時期が過ぎたら
ポイされた感じだ

勉強しなくても受かる大学を卒業して
ニートになって、10年以上になる?

父は遅くにできた子は障害の率が高いと
他人事のように言っていたけど

ここまできたら社会に出ても
迷惑ばかりかけるのではと思う






私は仕事でオーバーバーン気味になることが多かった

学生時代のアルバイトは大変でも楽しくできたのに

なんで卒業後の仕事では

こんなに苦しくなることが多いのか

不思議だった


ある日分かったことは

私にとって仕事は復讐で逃亡手段だったということ

私を価値のない人間のように扱った両親へ

復習するタメに、給与の良い仕事に吸い寄せられた

仕事を頑張ることで、私には価値があると思いたかった

だから無理して、頑張っていた

恐れからきているので苦しかった

年収が高ければ高いほど

父の支配から遠く逃れられ

奴隷のような

経済支配を受けた母の様な

人生を送らなくてよく

バカにされ、虐げられることもないと思った




だから打算で仕事を選んでいた

恐れから働きすぎていた




これからは失ってしまった心の豊かさを

意識して過ごしていきたい


会話が成立しなかった祖母



子供の頃から父方の祖母とは
会話が全然噛み合わなかった


一方母方の祖母とは
子供の頃から話が盛り上がる

ふと何が違いなのだろうか?と思った

歳?耳の聞こえ?
確かに父方の祖母は耳が悪そうだったけど
私が小学生の頃から会話できなかった
おそらく祖母は70歳くらいか?


地元の訛りがひどすぎて私が
聞き取れなかったからか?

いや違う、わたしは郷里の言葉はかなり堪能で
今でも郷里の人と会えばバリバリだ

シンプルに会話ができない人だったと思われる

こちらの話は聞いてないで
言葉を紡ぐ人だった

電話で話すのも
直接会って話すのも
苦痛だった

脈絡のない話ばかり
こちらの返しがなんであろうと
関係ない話の展開に疲れ果てるが
親戚は久々に顔出したんだから等
話すろうに強要する


そんな調子だから
父方の祖母と話すのは嫌だったし
会うのも楽しく無くて嫌だった


でもね、よく考えたら父も一緒だ
あの祖母にして息子であるあの父なのだ


父の素行に悩まされた時
お父さんはあなたが生まれる前からその性格で
生きてこられたんだと思いますよ

と言われたことがあったが

今祖母を振り返り、あの祖母にしてあの父なのね 

これからも会話が成り立つこともないだろうな

と何か霧が晴れた様な気がした

機能不全は連鎖する

人との会話の仕方も

無意識的に似てしまうのだろう







ブッダが名家に生まれ何不自由ない生活を

しているにもかかわらず

結婚して、奥さん妊娠出産にもかかわらず

親を捨て、妻を捨て

息子に悪魔と名付けて家出して放浪した

それは何故なんだろう?と読んでみた本




家出後も時々家に帰っていた説など

あったけど、結局ハッキリとしたことは

分かっていないみたい



それで本当に謎なのは

悪魔と名付けられた息子もブッダとなった父に

師事したということ、とはいえブッダが帰ってきた時

息子は9歳で言われるがままに出家し、弟子入りしたようだから

親との再会が嬉しくて迎合したのかもしれない


息子が出て行ってしまった

ブッタの父親もしかりで仏門に入ったようだ



複雑、、、、、



とはいえ仏教は発祥の地インドでは流行らず

アジアの各国で広く受け入れられていった


聖人ブッダは家で夫で親妻子どもを捨てた

お坊ちゃまだったってのは私にとっては衝撃だった


温室育ちで苦労を知らず、

外の世界を知りたくて、結婚し子供が出来て

怖くなったのかもしれない

あぁ私は一生この塀の中なのか?と



彼が4つの門から見た人々、「四門出遊」の話

老いた人、病気の人、死んだ人を見た後に出家者を見た

時に思えば自分の人生が味気なく思われたのかもしれない



なおガンジーも同じく妻子供を捨てた

家族の概念を捨てた人らしい

ガンジーの考え方は

子どもを産むことは原罪的な呪いの行為だと

息子の再婚に反対したらしい

その後、息子は酒と女に溺れ

父に反対する文章を出版したらしい

ガンジーも結構なクソ親だったことが分かり

ビックリした、結局現代に都合が良いところだけを

ピックアップして聖人化しているような気がしてならない



小林正観さんの本初めて読んでみた

頂いたからと言って病気になるまで
甘いもの食べるとかなっかなかだなと思った


大学に入って超常現象研究所?に入るくらいだから
人との興味の持ち方が違ってたんだろうとは思う

物書きで食べていけてこれだけ講演とかしてて
子供は障害を持っていて
父親とはそりが合わず出ていけ!的な状態で
そしてそういう人生になったのも全て筋書きという感じの論

アガスティアの葉の話が気になっていたので
読めてよかった




ついに手に取った。トラウマを否定している点と
脳科学的な扁桃体の過活動などは合致しない

程度の軽めの生きづらさを
抱えている人にはいいかもしれない。

トラウマ発作に苦しんでいる人は症状を否定し

症状が出る=自分が潜在的にそうなりたいと願ってる論
であるこの本の言わんとする所は
更なる苦しみの元だと思われる


問題行動により注目される利得
劣勢である利得、不幸である利得を選んでいる、と

実際トラウマ持ちの人は幸せになると
加害の矮小化になるため
幸せになろうとしないことも少なくない

個人的にはアドラー心理学は合わなかったが
嫌われる人にはとっとと嫌われて
視界からいなくなってくれた方が良いと思う

作中の哲学者は感じが悪くて
私だったら絶対通うのやめてたw

哲学者は親との関係を修復したくないから
殴られた記憶を持ち出していると分析した

目的論に立った場合、対人関係のカードは
常に自分が握っていると解釈する

父親との関係を修復することを選んだそうだが
修復する価値のある人物だったのだろうか?

承認欲求は縦の人間関係、褒める、認められたいも縦、横の人間関係への変化は大きい
年長者と意識の上で対等であること、主張すべきは堂々と主張することが大切。


親子関係の苦しみから踏み出したい場合

トラウマのフラッシュバックが強く出ている時期は
思い出すのも心身への負荷が強いので
絶対無理しないほうがいい

このワークができるのは
ある程度落ち着いてる時期に
差し掛かってからだと思う

印象的だったのは
自分も同じことを他人にしていたことを自覚する
親の行為が自分の助けになっていたことを知る

自分の行為が他者にも利益を持したと考える(よくないと思ってたこと)
親は反対の性質も持っていたことに気づく
愛されていた証拠集めをする

認知が固着して固まって
偏ってるのを緩めるのに良さそう
被害者ポジションを抜けるのにも役立ちそう

ディマティーニメソッドの転用だそう

今日は通院だった

主治医がとても良い人で

体調はだいぶ良くて


今回は基本処方継続のみの

診察予約

いつもの先生じゃなかった




ボソボソ喋って聞き取りにくい

思いやりが感じられない

こっちみてくれない


満足感のない診察でした

不満に思って

今日の先生の努力不足と

考えることもできる

過去の私であれば

不満スイッチオン

だったかもしれない



普段の主治医が

医者にしては飛び抜けて

コミュ力がある人だから感謝だなぁ



あの人じゃなかったら

通院やめてただろうな

ありがたいな、わたしってツイてるな

と思うこともできるなぁと感じた


それにしても今日の先生は

仕事楽しくなさそうだったなぁ


医師には学習虐待を

受けていた人も多いと聞くと

なんか思うところがある



先週くらいから

母への可哀想という気持ちが

なくなってきて

母への怒りも解放されてきたので


父に文句言ったら

母がとばっちりにあってかわいそう

と思って言えなかったことを

ガンガン言いたい気持ちになってきました




だって母だって私のことなんも

気にかけてくれず

こちらからの連絡も

無視していたのだから

何を遠慮することがあろうか


私の苦しみは

与えた本人たちに熨斗をつけてお返しする

のが筋ではないか?と思う気持ちがムクムク


親には生きていてほしくはないけど

死に逃げされてもいいのかなと思った


どうせ壊れてる関係なんだから

言いたいこと言っても失うものないなと

いう気持ちも出てきた


それで相手がどんな反応をしようと

それは相手の課題であり

私はとても傷つきました

私はあなたが役割を十分果たしていないと思いました

と自分のことを伝えるのは悪いことではないと思うのです



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